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ボス
2016-03-15

坂口さんの話最終章と女優「サヘル・ローズ」さん

坂口さんの話を前回前々回にお話しさせて頂きました。
だいぶあれから時間が経ってしまったので、続きを書くのはどうしようかと思いましたが、せっかくですので、最後まで書いてみようと思います。

どうして書くのを迷ったかと言うと、よく考えてみたら前回から先の話は、みなさんが良くご存知だからです。
最後まで書いた後に、ちょっとした嬉しいニュースをお知らせします。
ファッション業界の事についてなんて、全然興味がないという方は最後のところからお読みください。

日本ではバブルがはじけ、坂道を転げ落ちる様な不景気が始まった頃でした。
思い出せば、時代的に世の中が今の様な雰囲気でした。
世界は一度目の湾岸戦争がおわったばかりで、グローバリゼーションによって生じたメリットと引き換えに、文明の衝突により多くの人が傷ついている時期でした。
ファッション業界で言えば、先行きが不透明な時期でしたし、計らずもそんなタイミングでファッション業界に飛び込んだ僕たちも不安でいっぱいでした。
僕たちが起業したのは、それまで破竹の進撃を続けてきた「ユニクロ」の勢いが少し落ち着いた頃でした。

最近、新聞を広げて見かけるファッションに関する企業の話題は皆さんご存知の通り、暗いニュースばかりです。
当時もそうでした。アパレル企業の倒産ラッシュが続いていました。
閉店、縮小、ブランド閉鎖、リストラ、整理…などの文字が並んでいます。
不景気でモノが売れない事は、更なる価格競争を生みだし、それが更に自分たちの首を絞めて行く。
体力の無いところから退場していく…いや、大手でさえ、急激な環境の変化に身体の大きさが追いつけず、退場していきました。
みな口を揃えて、低価格で業界に打ってでたユニクロのせいにしていました。
しかしそんなユニクロでさえ、当時それまで右肩上がりだった売上が少し落ち始めた時期で、左団扇とは言えない状況だったんです。

余談ですがこの数年後、僕は当時おつきあいのあった邱永漢先生を通じて柳井さんとご飯をご一緒する機会がありました。
その時に柳井さんが口にした言葉がとても印象的です。
「君はまたどうしてこの大変な業界を選んだの?」
一通りROUROUの成り立ちやコンセプトを興味深げに聞いた後、上記の様におっしゃられたんです。
隣で奥様も、心配そうに僕を見つめて大きくうなずいていらっしゃいました。

「僕は最初はこの業界で商売を始める事にあまり乗る気じゃなかったよ」と打ち明けてくださいました。
また、ユニクロを始める前の失敗談について教えてくれました。
巨大なアパレル業界を相手にひとりで優位に戦っているように見えた柳井さんもまた、悩みが無いという訳ではないようでした。
中々興味深い話でしたが、本題とずれるのでこの話はまた機会があれば改めてお話します。

話をもどします。
そんな閉塞的な世の中であらゆるファッション業界が行き詰まったかに思えた状況で坂口さんは日本のファッション業界の活路は「小規模SPA」にある、と力説されていたんです。
SPAというのは(speciality store retailer of private label apparel)の略で、製造小売業という意味です。
つまり、自分で作って自分で売っちゃえば、その途中のギョウカイの習慣や慣習なんて関係ない、と説かれたわけです。

ここから先は皆さんご存知の通りです。坂口さんが推奨しているその通りにしてみました。
大変でしたが、やりがいはありました。誰かが作ったものを誰かに売ってもらうわけではなく、自分たちで作ったものを売るわけですから。
不思議だったのは、それを実践した企業があまりに少なかった事です。
外資や大手を除いたら、earth music&ecologyを展開しているクロスカンパニーさん(現ストライプインターナショナル)くらいなんじゃないですかね?

当時、不景気は僕たちに味方しました。
というのも、不景気じゃなかったら「作って売る」ことなんて出来なかったからです。
当時、国内のあらゆる工場はコストが安いというだけで、生産拠点を海外に移転させていく商社やメーカーに怒り心頭でした。
それまで安い工賃や無理な納期も黙って飲んで来たのに、いざ自分たちが苦しくなるとさっさと海外に発注をしてしまうクライアントと「ギョウカイの慣習」に疑問を持ち始めていたのです。
ですので、僕たちのように量は少ないけど、頭を下げて「教えて下さい」とオーダーを持ってくる若者に興味を持って受け入れてくれる工場も少なくなかったんです。
物事を柔軟に考えればピンチはチャンスです。

今も世の中が大きく変わる時期のような気がしてます。
常識にとらわれず頭を柔らかくし、マイナスをプラスに変換しながら、この仕事をしぶとく続けて行く事ができればいいなと考えています。(*^_^*)

さて、最後におしらせです。
女優のサヘルローズさんってご存知ですか?
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実はあるきっかけがあって、サヘルさんと知り合い、この方にどうしてもROUROUの服を着てもらいたいと思い、直談判して、タイミングが合う時にたまに着て頂くことになったんです。
まず最初に3/18放送の「明石家さんまのコンプレッくすっ杯」という番組で着て頂いています。
是非チェックしてみて下さい。
サヘルさんのプロフィール、よかったらこっちもご覧下さい。
僕がどうしてROUROUの服を着てもらいたいかお分りになると思います。
これからもサヘルさんが着て下さったら、紹介させて頂きます!
みなさんも是非、サヘルさんを応援して下さい!
また芸能界に関わらず、ROU服が似合いそうな人がいたら、是非教えて下さい!!