坂口さんの話
- 記事カテゴリ:ボス
- 投稿:BOSS
- タグ: 坂口昌章, ファッションブランドの作り方
坂口昌章さんと会いました。
僕もマキも坂口さんもちょうど一月が誕生日なので、中華街の外れの雑居ビルの中にあって知る人ぞ知る、隠れ家居酒屋で一杯やりながら、合同誕生会を開こうという話になり中華街までご足労頂きました。
坂口さんはすごいひとなんです。
坂口さんのプロフィールはこちら
僕に取っては恩人のひとりです。
坂口さんがいなかったら今のROUROUは無かったかもしれません。
もともと雑貨屋を開くつもりで雑貨屋や雑貨を輸入している貿易会社で修行を積みました。
オープン当初は雑貨屋と洋服と半分半分でした。
ところがどういう訳だか、マキが雑貨をデザインするより服をデザインする方がたのしくなって来て、また、雑貨よりも服の方がよく売れました。
雑貨は作るときのロットの問題などもあり、徐々に取り扱い商品の比率が、雑貨よりも服の方が増えて行きました。
さあ大変です。
だって服の事なんて何にも知らないんですから。
生地をどこで買ったらいいのかも、どこで縫製したら良いのかも分かりません。
それに一番困ったのは、業界の古い慣習を理解する事でした。
アパレルは川上、川中、川下なんて言い方をされます。
つまり「原料」「製品」「流通」の3段階にわかれているんです。
川下(流通)の一部である「小売り」が川上(原料)や川中(製品)に手を出す事を、伝統的にタブーとされていたんです。
江戸時代よりも、きっともっと前から続く、呉服の流通の慣習をそのまま繊維業界が21世紀になっても継承していたんです。
それが業界の常識でした。知りませんでした…
いやはや知らないっていうのは怖いですね。
まあ、あの時に知らなかったからこそ、良かったんだといまでは思っていますが。
「常識」はいつかは変わるものです。それにどんな業界にもだいたい「例外」もありますしね。
でもその当時は困りました。
つまりお店が製品を作る事や、生地工場から生地を直接買う事など絶対にありえない事だったんです。
という事は製品を「川中」であるメーカーや問屋さんが作っている製品の中から、自分のお店に会いそうなものを選んで買うか、メーカーに別注で作ってもらうしかありません。
メーカーに僕たちがお店に並べたいような製品を取り扱っているところがあるのかあるとは思えなかったですし、別注で作ってもらうとなると、とてつもなく大きなロットを要求され、一店舗しかない僕たちがすべてを売り切れるはずもありません。
しかも、とても高額でした。
まあ、今から考えれば、展示会なんかをつぶさに回ってよーく探せば、ROUROUのコンセプトにあう商品を作っているデザイナーやメーカーもあったかもしれません。
ただ、まったく業界の知識も無い僕たちには当時、どんな展示会がいつやっているのかさえ、知りませんでした。
開業してひと月後にお金が底をついて、倒産をしそうになった事は以前もお話しした事があったと思いますが、その次にやってきたのは業界の壁に阻まれたモノ作りに関するピンチだったんです。
ズブの素人が手を出す業界じゃなかったのか、と後悔もしました。
でも、今さら引き返す訳にも行きません。
その時に出会ったのが、坂口さんだったんです。
長くなるので、この続きはまた今度。