新しい道へ
ロウスタの仲間入りをして早1年と1ヶ月。
なんだか突っ走ってきたような、、、そんな気がします。
私アラコこと 荒木英子は今月をもちましてROUROUを卒業をします。
2002年。
「お客さん」として初めて中華街店を訪れました。
ちゃんと地図を印刷してきたのに地図が読めない&方向音痴な私は行ったり来たり。
ちょうどカフェにいたMAKIがウロウロしている私を何度も見かけたようで…
やっとの思いで着いたROUROU店内でそんな話を聞き、はずかしさのあまり笑いました。
それから数年。
代官山店のオープンにも限定ショッピングバッグが出たときには行きましたし、
前職を辞める時も、同期へのプレゼントは吉祥柄ポーチを選びました。
去年の4月。
留学生活もあと2ヶ月となった頃、出会う人出会う人がみんなアパレル関係の人たちでした。
これはもう「運気がアパレル系へ向かってるんだ!」そう確信して
海を越えた台湾から応募のメールを送ったのです。
最初はもうレジを打つのにも緊張、接客するにも何を話したか覚えていないほど(*_*)
店頭に立ち続けていると、毎日何十人とお客さまに接します。
だんだんと知っている顔の方が増えていくことに喜びを覚えました。
そしてROUROUには中華好きの方が多く集まります。
旅のお話や映画の話などをする度に自分の中にある「中華熱」が疼いてくるのがわかります。。。
もう日本に帰ってきたんだから落ち着こう、そう思っても台湾で過ごした1年があまりにも楽しくて
私の口から「台湾」という単語が出てこない日は一日もないくらい。
台湾に「行きたいな…」ではなくて「戻りたいな…」というセリフに変わってきた頃、
どうしたら向こうで暮らせるか・仕事ができるかを考えるようになりました。
そうして出た結果が「日本語教師になること」でした。
留学中、週2・3回ほど台湾人の友達と「言語交換」をやっていたことが私に大きな影響を与えました。
私は主に予習でわからないところや練習問題について解説してもらったりし、
友達は日本語検定の問題集の解説やドラマやニュースに出てくる表現について質問してきたり。
日本人としてネイティブに日本語を使いこなしているつもりでも、
いざ道筋経って文法を教えるなんて普通の人にはムリ!!
いつも思いつく例文をダーッと言って、そこから自分なりに法則を導き出しました。
感覚ではわかるのにきちんとこの場合にはこっちの単語だとか
この場合にはどちらの表現を使ってもOKと教えてあげられない歯痒さを感じる日々。
そんなことが「もっと専門的な知識を身に付けてみんなにきちんと教えてあげたい」と思わせたのです。
ROUROUを離れた後、少しゆっくりしてから資格取得のためにスクール通いをします。
私が選んだのは1年3ヶ月という長めのコースです。
教わった知識がこぼれおちないようにじっくりと自分のものにしてから進んでいくため、
気長にやろうと思っています。
日本語で日本語を教えるという方法なので、需要さえあれば世界中のどこででも教えられます!
もし夢破れて日本語教師になれなくても…(挑戦する前からこんなことを言ってはいけませんね>_<)
ボランティアで教えたり、友達に教えられるだけでもいいんです。
いろいろとふらふらしてきたけれども、そのどれもが無駄じゃなく大事な経験として
私の中に記憶されています。
特にROUROUで培った「接客=人と人との接し方」は今後の人生においても生活においても
大変勉強になりました。
いつも相手(お客さん)のことを思えば自ずと答えは出てくる、そう教えてくれたのです。
販売経験の無い私をロウスタとして採用してくれたボス・MAKIにこの場を借りてお礼を言わせてください。
ありがとうございました!
そして数々の先輩ロウスタや、今一緒に働いているロウスタにも
ありがとうございました!
いつもサイトを見てくださってる方や、お店に足を運んでくださるみなさまにも
ありがとうございました!
7月31日、代官山店のクローズとともに私もロウスタから卒業です。
あと数日ですがまだまだたくさんの方とお会いできますように!
お店でお待ちしております☆
最近切った剪紙↓「蓮唐草」